ツインレイストーリーは追及の一人旅と言えるだろう

「コレじゃない感」ってありますよね。

自分の理想と現実が違ったあの感じです。

もっとこういうのを想像してたけど、実際は違ったってやつです。

こればかりは体験してみないと分からないですから、行動しない限りは「コレじゃない」という現実が自分に突きつけられず何もわからないままというわけです。

それで、私は偽ツインレイ君の頃からそうでしたけれども、とにかく自分が想像していることというものが漠然とあって、それを確かめるような行動をいくつもしてきているんですね。

思いついたことをとにかくやってみるというやつです。

偽ツインレイくんの時もツインレイくんの時もどちらも同じように断絶が起きてから一人の旅に強制的に出されたように思います。

そして、自分がやってみたかったことなど思いつくこと全てに挑戦してみます。

理想を実現するために自分の頭に思い浮かんだ事をとにかくやるんです。

すると、実際に行動してみてわかるんです。どうすることが一番効率的か?どうすることが自分にとって一番得か?どうすることが自分にとって一番幸せか?

そういったことが、徐々に鮮明に映ってきます。

この世は量産型になってきていますから、薄っぺらいものが沢山あって、本当に良いものというのが全然鮮明に見えません。

ですから、実際に行動してみて気づきを得ることによって、本物の自分ルートを見つけられるようになってくるようです。

偽ツインレイくんとの試練の時もずっと胸の奥にひっかかるものがありまして、それを拭うためには、とにかく思いついたことややってみたかったことに無我夢中にトライしてみるしかなかったんです。

ツインレイくんとの今の試練でも、それと同じように行動に移してみて初めて自分の理想を叶えるためのヒントを得ることが出来ているのです。

もっと具体的に言えば、ずっと都会のおしゃれな街に住んで美味しいお店に行きまくるのが理想だったので中目黒に少し滞在してきたんですが、気づきを得た時点でもう中目黒にいる意味が自分の中でなくなりました。

その気づきというのは、ごく当たり前のことなんですが何故だか自分はその当たり前が納得できなかったんです。

偽ツインレイくんの時も似たようなこと言ってました。当たり前のはずのことが当たり前に出来ない。

でも、その「当たり前」に気づくことこそがロジックが自分に身についてくれてるということなんです。

私はどうやら、世の中の「当たり前」を信じていないみたいでして、自分が痛い思いをしてでも納得して始めて当たり前が理解できるみたいなのです。

私の場合はずっとそうしてきたんですよね。行動して行動して行動して行く中で「こうすればいいんだ!なーんだ!」と思って自分がやりたい事が見えてくる。

とにかく、自分が体験してみて「コレジャない感」や「コレ感」に納得しないと絶対に次に進めないんです。

ツインレイストーリーはこれを一人で何度も何度も繰り返していき、最後に自分を幸せに導く光輝く何かを見つけることが出来るように思います。

つまり、ツインレイストーリーは追及の一人旅とも言えるのかもしれません。

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